皆生温泉。わずか19室の小規模高質旅館。海一望地上27mの絶景大浴場。4趣の貸切風呂、スパエステに岩盤浴、露天風呂付客室、鳥取和牛や境港の豪華料理

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歴史写真館


【創業当時の初代ヤスと一族】
前列左から2番目がヤス。右上の看板に松月の「松」の字が見える。昭和初期。
【初代ヤス(1903-1982)】
鹿児島県大口市出身。一代で旅館を築き上げた「薩摩おごじょ」

【昭和初期の玄関】
「眺望第一 内湯旅館 松月」という看板がみえる。

【昭和初期の玄関】

【昭和初期の玄関】

【昭和初期の玄関】
「松月」という名の通り、館の回りは松林に囲まれていた。

【昭和初期の室内】
松越しに月を眺めながら潮騒を聞く風雅な宿

【初代ヤスと二代目サチ子】
右端から初代ヤス。二代目サチ子(1921-2007)。三代目芳子(1942-)。初代ヤスの弟善行(サチ子の夫)。

【昭和10年の宿屋営業許可証】
「旅人宿 松月」とある。地名は西伯郡福生村大字皆生1750-41となっている。

【昭和23年の皆生温泉場略図】
源泉の目の前が松月。まだ電車が米子から通っており、皆生駅があった時代。

【戦前の旅館裏手の海岸】
侵蝕がはじまる前の海岸。昭和初期。右の戦後の写真と比べて砂浜が多いのが分かる。

【戦後すぐの旅館裏手の海岸】
昭和22年9月完成の防波ブロック(通称とうふ岩)が手前に見える。一番右の建物を新築。

【侵蝕される海岸と松月】
軒下まで波に洗われている。建物自体の流出の危機が続いた。昭和初期。

【縁側のすぐそこに波が】
左写真の室内から海を撮った写真。

【初代ヤスと白木みのる氏】
昭和35年には海岸遊歩道が整備された。松月を拠点にされていた白木みのる氏と初代ヤス。

【戦後の看板】
電話番号が4桁の時代。白砂青松の海岸越しに美保関を眺めるモチーフ。

【昭和50年代の玄関】
半世紀以上も木造旅館としてののれんを守る。

【平成10年木造建物取り壊し】
全館新築するために木造の建物を取り壊しをしている風景。

【現在の玄関風景】
平成11年11月に新築グランドオープン。

【現在の全景】
80年以上も同じ場所に松月はございます。